みんなが明るい気持ちで生きていけますように

 生きることは24時間の繰り返しという考え方がそもそも時計主義というかカレンダリズムであり盲従なのだ。太陽の周りを一周することに「一年」という名前をつけたところでこの銀河、太陽系を一歩でも出たらその瞬間に時計は砂つぶでカレンダーは紙切れだ。

 俺の頭には脳があってそれが時間を感じている。しかしある種の虫やカビなどの菌類、植物や水には脳がなくて奴らは時間を知覚しない。だから奴らは「待つ」ということをしない。最後の一粒、最後の一滴を少しでも遠くへ放り投げる。歓喜を伴って。

 調子はいい。いつまで調子がいいのかはわからない。調子が悪いときに自覚できない。

 バット磨いて打席に立たずということがないように。2019。これからもずっと∞。ピカピカのバットが打てるとは限らないが、ヒットしたバットには気品高い傷跡が必ずある。

機材を売るのは悲しいし怖い。自分にはこれらを使いこなすだけの才能がありません、と告白して金を得る行為に他ならない。いい人に買ってもらってほしい。でもhyperfuzzとコンプレッサーとカオシレーターとdriftboxは残した。意地。なんの? それは俺だけが知っていればいいことです。

 迷ったときは、「自分が戸愚呂(弟)だったらどうするか」と考えればいい。

 きょうは1日に2回も池袋に来てしまった。今年はまだ彼女に会ってない。焦らないほうがいいのだろうか。戸愚呂(弟)ならどうするだろうか。