出会い系掲示板より

映画でも観にいきたいけど


 500文字制限なんだ〜

 きのうは仕事のあと、勉強会でもないけど、新宿三丁目へ。Yさんの車に同乗させてもらう。なんとなく話をするのだけど、世間話や冗談は相変わらずスラスラ空虚に口から出るけど、コアなこと、本当の、自分のことになると嫌になるほど話が下手になる。これは小さいころからそうだ。私は自分のことを整理せず、論理化せずに生きてきた。一筆書きで生きるのよ、と固く信じて生きてきた。でも、そんなのができるのは老化が始まる前までの話だ。センスだけで生きられるのはセンスが生きている時期だけだ。本来はその間にノウハウや技術を学び、努めねばならない。私はそれをしなかった。某有名お笑い芸人を信奉していた私は場当たりの即興こそを人生の肝に置いた。それはいまでも背後霊というか岸辺露伴の背中に取り付くスタンドみたいな感じで、周りで、とぐろを巻いている。家政婦紹介所へ行け!


 きょうは職場の、パート長さんが定休。

 最近社員に採用された、つまんないおじさんが、気合いを入れて周囲の非正規雇用者に喝を入れている。楽しそうだ。


 あしたはPAYDAYだ。楽しみだ。でも2月は短いから。私は完全時給制タイムカード制だから。

 死が痛くもかゆくもないなら。生が痛くもかゆくもないなら。

 ここがこういうところだとわかっていたなら。

 私はここに来たくはなかった。

出会い厨

 彼女と別れてからは出会い系に登録しまくっている。


 以下はファンザさんの出会いサイトに投稿した日記から。


 11人 0件

03/04 19:17

俺がやってるSNSの中で一番誰にも見られない可能性が高いので書く。
とにかく肉親から逃げたい。
学校でもいじめられたが家での虐げられぶりは筆舌に尽くしがたい。
俺は障害者だ。頭の。2級だ。年金を受給しながらバイトしているが貧しくて仕方がない。知り合いから餅をもらった。これで今週はしのがなくてはいけない。冷蔵庫にすこしきのこがある。キャベツとじゃがいもがすこしある。
金がないのも酒がないのもすこし慣れてきた。ゲームオーバーということだ。俺のスペックで、おもうままいきる、というのに限界がきたのだ。楽天のカードの審査すら通らない。
どうするんだよ。どう。
自立支援で病院はタダだ。おかげで嫌になれば薬を飲んで眠れる。こんなにありがたい話はない。もしも……
もし、とか
たらればの話は考えてもしようがない。
餓死かホームレスか。乞食も才能な気がする。
もっとなんかできそうな気がしたんだけど。

時計詐欺(車上押し売り)に遭った

2019年1月30日水曜日24時過ぎ/板橋区徳丸

 私は東武東上線東武練馬で降り帰途についていた。板橋有徳高校の近くに差し掛かったとき一台の車が私の隣で止まりその車の窓が開いた。運転手の中年男性が私に声をかけた。

「すみません、お兄さん」

 細かい会話の内容は忘れてしまった。男性は仕事で不始末をしたということを言っていた。それで、この時計を処分しなければいけない、貰ってくれ、と箱入りの時計を手渡された。

 その代わり、飲み代が欲しい。1万か2万でいい。私は手持ちの2万円を男性に渡した。あすにでも時計は売って貰って構わない。どこの質屋でも20万以上で買い取るはずであると男性は宣言した。

 男性は「もう5千円くらいないか」と訊いてきた。私は怖くなったので男性の名刺をiPhoneで撮影したのち、5千円を渡した。

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 この男性が本当に秋山豊という名前なのか、この住所にサンエイという会社があるのか否かは、いまもってわからない。「@co.jp」ってアドレスってなんだよ、というのもわからない。爪が汚い。スミマセーン

 

 そののちに、車のナンバープレートを撮影した。男性はそれを大変に嫌がった。

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 このナンバープレートが、これが正規のものであるのか、廃車の車のものを取り付けるなどした偽のものであるのかは、やはりわからない。

 

 私は2万5千円を失った。その代償として腕時計が手元に残された。

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 まだ質屋には行っていない。行く意味を感じない。恥ずかしいよ。欲しい人いますか。2万5千円でお譲りします。

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 日付のところに拡大鏡がついてて見やすいすごいやつだよ。

 

反省

 原始時代か! って詐欺っていうかインチキがバリバリに2019年東京に存在するのな。

 しかし私ってチョロいな。チョロ松。ナメられすぎ。そこは気をつけないとヤバい。今後も私を見て「あ、カモだ。あにはからんやネギをかつがれしや」と察されることも多かろう。あにはからんやの意味間違えてるしたぶん。

 しかし今回の男性にしろ、数年前に遭遇した現金持ち逃げ犯(要するに泥棒、っていうか窃盗)の鈴木英二郎氏↓

鈴木栄二郎という人 - すごい光

鈴木栄二郎さんのお母さんを探しています - すごい光

 にしても、私が立て替えたお金を返済せずほっかむりし続けている(要するに泥棒、っていうか窃盗)JR職員の大原一倫氏にしても、こういう、人の金を盗んで、泥棒して平気でいられる人……これは何か共通点があったりするのだろうか。なんとなく人の金と、自分の金の境目が曖昧な神経の持ち主なのだろうか、と考えたりもする。私も生きるために人の金やアイデアを盗んだことがあるので彼らに同情する。許すという意味ではない。加害者側の気持ちもわかるということだ。

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 自分ももしかしたら加害者の側になるかもしれないからねえ。うーん。

 あのおじさんはきょうもチョロ松を探して街を走っているのだろうか。あした交番に行ってきます。その前に一応質屋にも行きます(一応、一応ね)。

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 大原一倫氏(JR職員)はこのあいだちょっとダベる機会があったんだけど、うーんん、なんというか、そりゃ大変な仕事だろうから遊ぶときは遊ぶのがいいんだけど、変な病気うつされないように気をつけてくださいって感じ。またゆっくりお話しできれば、と思うんだけど。

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 毎日驚き。

 びっくりハウス。ビックリスタジオ。MATSURI STUDIOスタジオボイス。バリヤバ。

酒ぎらい

  非飲酒者の人の中にはアルコール依存症者のことをグロテクスな恥知らずに見える方も多いと思うので恥知らずの方からの意見も書いておくんだけどそういうのに引く人は戸棚にかっぱえびせんがあるから食べてなさいね。

あなたの家の中に酒はあるか

 2019年に入ってから酒を抜いた日はない。このあいだの水曜に職場の奥様とお好み焼きをいただき、日曜はロフトプラスワン上島竜兵さんのイベントがあって、どちらもしこたま飲んだ。私はどれだけ飲んでも二日酔いしない体質であり、これが厄介な事態を起こすのに拍車をかけている。酒好きだな、とかアル中になるぞと呆れられても、ケヤキにシイタケが生えてるなとか3がつく数字と3の倍数のときだけアホになるとかと同じで私にそれをいわれてもどうすることもできず、これ以上こちらからなんともできない。

 あなたの家の中に酒はあるだろうか、私の家には必ず酒がある。徹底して自宅の中に酒を置かない人もいる。潔いと思う。私は職場を退勤すると直近のコンビニや八百屋(あるのな、八百屋)酒を買って飲むという習慣がついてしまっている。

 ここしばらくで、もてなしたいと思う人と会う機会に恵まれて、そういうときわざわざ酒を飲んだりしなくていいんだけども、しらふで話していると、自分のメッキが剥がれて卑怯でねちゃねちゃした自分の体臭が自分で感じられてたまらず酒を飲みますよね。

 

酒は麻薬ではなく麻酔 

 そうなると自分で自分をごまかすために酒を飲まなくてはいけなくなる。自分のださくてつまんない部分に気がつかなくても(気がついても)大丈夫なように酒を飲む。ダジャレを言ったり顔マネしたりチンコのダジャレを言ったりチンコの顔マネをしても大丈夫になる。ただ翌日大変になる、うわあってなる。これは、もう……。

 自分で自分の寿命を縮める分には勝手だが人に迷惑をかけるような酒の飲み方をしてはいけない。それは人生の泥棒だ。そして泥棒したやり切れなさからまた酒を飲む。完璧なサイクルが完成する。

酩酊ほど穏やかな世界なはい

 酒は好きか嫌いかで言えば、どちらでもない。酒自体に善も悪も、美醜もない。酔うのは好きかというとこれはわからない。酒の酩酊とタバコほかの酔いに比べてどれが高等でBADであるかというのは言いようがない。あってもここでは言わない。バーストとか第三書房で言う。

 ではなぜ酒を飲むのかというと、「シラフが無理だから」の一言で終わってしまう。酒がうんぬんとかではないのだ。私が酒と親しんだのは、詳しく書いて炎上してもいやだから曖昧にするけど、人生のかなり早い時期だ。私は小・中学生のころから鬱の症状があったのだけれども酒を飲むとそのアンニュイなメランコリックないやな感じが麻痺した。あのうれしさが忘れられずいまにいたるのである。それだけだ。本当にそれだけなのだ。恥ずかしい。

 

 あーいやだ。

 情けない。やだね〜やだね〜。恥ずかしい! そう思わない人もいるようです。

軽率

 金さえあればなんとかなるが金がなければ1mmと動かない課題が5〜10件立ちはだかっていてもんどり打つがもんどりを打って解決する事態であればもんどりを打てばいいだけでありそういかないから打ったもんどりも宙に浮くばかりだがまんじりともしていられない。

 まんじりとしていなければ前向きに進展する案件であれば明鏡止水の心持ちでまんじりせずただただ押して忍ぶのだが無粋とか野暮が恥とされない時代であるし、そういう外面を気にする社会意識みたいなものにさんざんっぱら痛い間に合わせられた自分であるからして、もっと唯物的唯識的にありたいと思う。共産主義とか社会主義とかはわからない。

 きのうの夜は寝落ちしていたらとよかわさんが帰ってきて、偶然に布団で寝ることができた。でも寝坊して仕事休んじゃった……。それでしばらく遅寝してたのだけどこういうときは変な夢ばかり見るので休まらない。めしを食べて、使わない機材をメンテ(シール剥がして拭くだけ)して、池袋へ売りに出る。

 土曜の池袋は楽器屋も混んでいて、査定も1〜2時間待ち。なのでこのブログを書いている。

 きのうSさんにLINEを送った。彼女いわく俺はSさんを恋人だと思ってる人、としか認識できないとのことだったので、もうSさんを彼女と思うことも、俺がSさんの彼氏だと思うのもやめますと伝えた。痛い思いをさせてしまったと謝られたがSさんが謝る必要はまったくない。なにも起きていないので。なにも起きていないのにとても悲しい気持ちになる。もうしばらくしたら立ち直ると思うがその自分の厚顔無恥ぶりもいやになる。自分は繊細な文学青年でなかったのか。

 

 機材買い取りの査定が終わるまでまだ1時間くらいある。暇で街中で缶チューハイを3本くらい空けてしまった。このあと新宿で仏教の勉強会があるのでそれにも行かなければならないのだが、あまり酒臭いと帰らされてしまう。

 俺の実家はわりと新宗教というかカルトっぽい宗派の寺だったのだが、だからといってそれがいいとも悪いとも思わない。父の死後、俺は宗旨替えを余儀なくされホンイキで仏法に取り組まずを得なくなった。宗教は、飼い殺され完全に健康を失い、働く能力をなくしていた俺を、実家から出してくれた。その代わりまた服従のオーディションを俺にかけている。信徒/信者を値踏みする宗教や神仏ならいらない。ご利益もくれずに奉仕を強いる寺院は燃えてしまえばいい。

同じ穴のムジナ

 とよかわさとこさんが東京でホームレスをしているとのことで、きのうからアパートに来ている。職場の飲み会でしこたま痛飲し酒臭い息を放ちながら就寝、しようと思ったのだがちょっと眠れない。


 躁がどんどんひどくなってきているので、就寝前に服用するように言われた安定剤を出勤と同時に飲んだらピタッと頭の中が静かになった。かなり眠くなるがそれは必要なリスクだ。

 俺だって独り言したりニヤニヤ笑っているのを職場の人に見られたくはない。


 ウーームきつかった。うち帰ってきたらとよかわさんフロ。大何をするならいましかない。

最後

 Sさんと俺には似ているところがあって肉親からの過干渉により定型発達を遂げられず(としか説明できない)平均の振れ幅に収まる者が持ち合わせて当たり前の、組織に属するという能力がない。悪く言えば協調性や社会性がない。家族というものも組織/社会であり、そこでハイハイマアマアで済ませるその技術を身につけられずわれわれは成体になってしまった。

  Sさんは俺と付き合うようになって間もなく病気になった。職場でも症状が出るようになった。休暇を取ったが去年の末に退職した。それが俺のせいとは言わない。だが俺自身親きょうだいとの暮らしがただ苦痛の連続でしかなく、病気になり大学に行かずアルコールに依存し家業を続けられなくなった。俺は自分が家族からされた仕打ちと同じことをSさんにしていたのだ。それを俺は「いちゃいちゃ」「のろけ」と思っていた。愚かだ。

 Sさんが健康を失い働くことができなくなったのと、俺がかつてそうなったのは同じことだ。俺はSさんに、やってはいけないことをした。彼女は、というか人間、あるいは動植物や無生物にいたるまで本来は自由でありまったく安定しないのだ。それを律しようとするのが力だ。力は怖いので人間は社会を作った。俺は「恋人」の肩書きを与える代わりにSさんから自由と健康と仕事を奪った。

 かつて親きょうだいから受けた陵辱を俺はSさんに与えていた。それを愛や好意だと誤解していた。情けない、穴があったら入りたい。報いとして俺はこれからずっと地獄の苦しみを味わい続ける。

 今のまま交際を続けていたらSさんはいずれ死んでしまう。俺が肉親から逃れられず自殺を試みたように。俺がSさんにできることはただひとつ、Sさんの人生から出て行くことだ。俺も自分の親きょうだいを人生から退場させた。冗談やたとえ話でなく死ぬからだ。こんどSさんに会ったらこのことを伝えよう。

 本当にSさんと俺はきょうだいのように似ている。Sさんが病気になってから俺も体調が悪い日が続いている。Sさんが死んだら、冗談やたとえ話でなく俺も死ぬ。Sさんは生き別れた俺の双子なのかもしれない。そして「家族」は、はじめひとつだった人たちが離れ離れになっていくことにほかならない。

 ストロベリーフィールドよ永遠に。

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 Sさんについて、仕事帰りに持っていたノートに詩を書いたことがある。唯一無二でありこの世に「詩」はあれしかない。